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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5470号 判決 1985年8月30日

原告

吉原幸三

被告

飯田政雄

右訴訟代理人弁護士

山田重雄

山田克己

山田勝重

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)の別紙図面に示す箇所に電話機一台を設置すること及びそのための穴あけ工事をすることを承諾せよ。被告は右設置を妨害してはならない。

2  被告は、原告に対し、金九五万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四八年四月一四日、被告からその所有に係る本件建物の一部である別紙物件目録記載(二)の一室(以下、「本件貸室」という。)を、賃料一か月五〇〇〇円、水道料その他の雑費分一か月七〇〇円、合計五七〇〇円を毎月末日限り翌月分を持参して支払う、期間は昭和五〇年四月二〇日までとするとの約定で借り受けた。その後賃貸期間は更新され、また賃料及び雑費分は一か月六七〇〇円に増額された。

2  昭和六〇年三月一三日午前一一時ころ、原告の依頼により日本電信電話公社の松沢電話局職員が本件貸室に電話機設置工事のため来訪したが、被告が右工事を承諾しなかつたため、工事は延期された。

3  電話機は、今日、生活の必需品であり、その設置工事を承諾することは、賃貸借契約上の賃貸人の義務の内容として包含されると解すべきである。また、原被告間の賃貸借契約書(甲第一号証)には、原告の電話設置を禁ずる規定はなく、むしろこれを容認する規定がある(同契約書第五条)。契約締結時に仲介に当たつた不動産業者は電話加入は自由であると言い、被告も同意した。

4  したがつて、被告の右2の行為は、債務不履行又は不法行為を構成する。原告が、それによつて被つた損害は九五万円であり、被告はこれを賠償する責任がある。

5  よつて、原告は、被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3、4は争う。

三  抗弁(賃貸借契約の終了)

1  被告は、本件建物の敷地一六五・三五平方メートルを所有し、本件建物の東側に被告が居住する木造瓦葺二階建、延一一七・六一平方メートルの家屋を所有しているところ、本件建物は相当古くなつているうえ、本件建物を取り壊して、その敷地に現在被告と同居している三男哲久居住用の家屋を建築する必要がある一方、原告は本件貸室に単独で居住する三六歳の独身者であるから、他に移転することは極めて容易である。

2  被告は、昭和五七年四月末日ころから再三にわたり、原告に対し、前記明渡の必要性を理由に本件貸室についての賃貸借契約の解約の申入れをした。したがつて、本件貸室についての賃貸借契約は、右解約申入れから六か月経過後に終了した。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。そこで、抗弁(賃貸借契約の終了)についての判断はひとまず措き、被告が原告の電話設置工事を承諾する義務があるかどうかについて以下検討する。

二1 まず、原告は電話設置工事を承諾することは賃貸人の義務の内容として包含されると主張するので、この点の当否を案ずるに、例えば、ガス、水道、電気設備などのように今日の社会通念上本件貸室のような居住用の建物を利用するのに不可欠な設備の場合には、このような設備を設置し又は賃借人において設置のため賃借建物に変更を加えることを承諾することは、賃貸人の賃貸物を使用収益させる義務に包含されると解すべきであるが、電話設備については、今日の社会通念上も未だそのような建物利用に不可欠な設備とまではいえないと解するのを相当とする。したがつて、賃貸人の賃貸物を使用収益させる義務の内容として、電話設備を設置しあるいは賃借人において右設置のため賃借建物に変更を加えることを承諾又は受忍する義務を包含するものと認めることはできない。

2  次に、原告は、原被告間の賃貸借契約書(甲第一号証)には、原告の電話設置を容認する規定がある旨主張する。なるほど、<証拠>によれば、同証の第五条には「水道、ガス、電気、電話其の他消耗費等は両者合議の上賃借料とは別に乙(賃借人)が支払うものとする。」との規定があることは認められる。しかしながら、右のような規定は、そこに列挙された諸費用がある場合にそれが賃料に含まれない旨を規定したにすぎず、そのような規定から逆に推して被告が包括的に電話設置を承諾したものと直ちに認めることは困難である。その他、<証拠>を仔細に検討しても、電話設置を被告が容認する規定があると認めることはできない。

3  更に、原告は、仲介に当たつた不動産業者が電話加入は自由であると言い、被告もこれに同意した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

4  したがつて、被告には原告が賃借建物に変更を加えて電話設置工事をすることを承諾すべき義務があるとは認められず、また、弁論の全趣旨により認められる、原被告間において現在本件貸室の明渡請求訴訟が係属中であるといつた事情をも考えれば、被告の請求の原因2の行為が原告に対する債務不履行ないし不法行為に当たるということはできない。

三以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根本 久 裁判官西尾 進 裁判官齋木敏文)

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